機構の事典

機構を学ぶための2つの方向性

機械設計において、ある動きを実現するための機械的なからくりのことを機構という。機械は目的に応じた動きや力の生成を行うが、それを実現するためにまず考えるのが機構である。そして、完成した機械がうまく機能するか否かは、最初の機構設計の巧稚で何割かが決まると言って良い。

そのため、機械設計を行うためには、ある程度機構についての知見が必要になるのだが、機構を学ぶには以下のような2つの方向性がある。

  1. 既にある機構をベクトルなど数学的に解析する方向性(Analysis : 解析)
  2. 与えられた目的をどのような機構で実現するかを考える方向性(Synthesis : 総合、創造などと呼ばれる)

学校など、普通の学問の場における機構学とは1.であることが多く、これによって既存の機構がどのような動きをするのかを数学的に記述することができ、機構の動きを正確に予想することができるようになる。

しかしながら、目的を実現するための機構設計を行う必要のある設計の実務において必要なのはまず2. の総合(創造)、そして設計後あるいは設計途中で1.の解析を用いて確認を行う、と、このような順になる。つまり、設計の最初の段階で必要になるのは2.の総合、創造であって、1.だけ身につけても機構の設計はできない、どう手を付けていいのか分からない、という状況になる。

機構の総合を学ぶ本

機構設計の学習をしようと書店に向かい、「機構学」というキーワードで専門書をあたると解析の専門書にあたることが多い。それでも最近は機構の総合を意図した書籍がかなり増えてきているように感じるが、ベクトルを使った解析がバーンと載っているだけという本も依然として多い。というのも、解析については既に方法論が確立されており、学問としてのパッケージ化が進んでいるだけに本にもしやすいという事情がある。その一方、総合に関しては未だ方法論が確立されておらず、実際の設計の現場では設計者の勘と経験に頼っているというのが現状だからである。ただ、機構の総合に関する研究は現在でもなされているので、いずれ設計者の経験と勘みたいなものに頼らない設計の方法論が確立するかもしれない。

現在は、設計のスキル、総合、創造の力を養うためには、過去に考案された機構や実際に使用されている機構を数多く見て頭の中に入れておき、目的に応じた引き出しを多数持っておくことが必要だと考えられており、そのような意図の書籍が多数出版されている。今回話題にするのも、このような機構を事典的にまとめた本である。

2冊の機構の事典

今回話題にしたいのは「メカニズムの事典」と「実用メカニズム事典」の2冊である。これらは、題名だけでなく、黄色を基調とした表紙などよく似ている。先に出版されたのは「メカニズムの事典」で初版は1983年。更に「メカニズムの事典」は「機械の素」という本を改定、改題したものであり(本当はもう一段階あるのだがここでは省略)、「機械の素」の初版は1912年となっているので、かなり歴史のある本である。一方、後発の「実用メカニズム事典」は初版が2020年とごく最近の本である。

私が何故この2冊を話題にしたのかというと、一言で言えば似たような2冊の本があって紛らわしい、両方手元に置くべきか、片方持っていれば十分なのか迷うこともあるだろう、その判断のための情報を書いておこうと考えたからである。実際、私も大いに迷った末、元々持っていた「メカニズムの事典」に加え、「実用メカニズム事典」を購入した次第である。

結論としては、両者は同じ問題意識で書かれた本ではあるが、少し異なるアプローチをしていること、また書かれた時代が異なることもあり、思った以上に内容的な重複が少ない。そのため、両方手元に置いても損はないと感じた。本の表題と、パッと見の印象から内容的に重複しているのではないかという心配は杞憂だったというわけである。以下、両書について感じたことを書いてみる。

「メカニズムの事典」は、上記のとおり40年近く前からある機構学の事典で、過去に考案された数多くの機構を網羅的に掲載しており、私が学生の頃は、機構を事典的にまとめたほぼ唯一の書籍だった(「ほぼ」、というのはそれほど真剣に他の本を探したわけではないので他にあったかもしれない、という含みを込めたものである)。収録されている機構の数が多くそれだけ図が多いこともあり、眺めているだけで楽しいのだが、個々の機構の説明が淡白で、より理解を深めるための説明が欲しくなることがあった。また、古い本だけに、新しめの機構(例えば、等速ジョイント)の記載がないといった問題点もある。私が、「メカニズムの事典」を持っているにも関わらず、類書を求めた理由はまさにこの点である。

「実用メカニズム事典」は、収録されている機構の数は「メカニズムの事典」には遠く及ばない。数えたわけではないが、「実用メカニズム事典」の収録数は、「メカニズムの事典」の1/3かそれ以下だと思う。一方で、ページ数は「実用メカニズム事典」の方が多く、一つ一つの機構に対する解説と解析、またどのように使われているかなどの情報が多い。また「実用メカニズム事典」の特徴は、「〇〇を実現したい」のような逆引き形式でまとめられている点にある。正直、この点に関しては、ざっと眺めるにはあまり向かない気もするが、目的が決まっていてそれを実現する機構を手っ取り早く探す用途には向いているのかもしれない。

更に、「実用メカニズム事典」では、後発ならではの新しい機構も収録されている。特に、ロボットへの応用に一章を割いており、昨今のロボット界隈で使用されている工夫、機構も収録、解説を行っている点も「メカニズムの事典」にはないポイントである。

使い分けのポイントとしては、個人的には、ある程度機構設計の経験のある人が、機構のアイデア出しやネタ探しに使うのであれば「メカニズムの事典」、ある機構に関して深い解説を求めるのであれば「実用メカニズム事典」といった感じになる。普段、機構にあまり馴染みのない人が最初に買う本としては「実用メカニズム事典」が良いと思う。

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