車から冷却水が漏れているのを発見。調べてみるとラジエータそのものからのようだ。まあ古い車だから仕方ない。何にせよ、代わりのラジエータを用意しなければならなくなり、色々と物色している中で疑問に思うことが出てきた。
銅製あるいは真鍮製のラジエータとアルミ製のラジエータについて、走行中などラジエータに風が当たる場合はともかく、渋滞などで風が当たらない環境だとアルミのラジエータの方が水温が上がりやすい傾向にあるらしい。その理由は銅や真鍮の方がアルミに比べて「自己放熱性」があるからとのことだった。「自己放熱性」という言葉は聞き慣れないが何のことだろうか?
熱伝導率と熱伝達率
自己放熱性を考える前に、ラジエータの機能について考えてみる。
ラジエータは、高温になった冷却水の熱を空気中に逃がすための部品である。そこで重要になるのが、冷却水の熱をフィンに伝えるための熱伝導率と、フィンまでたどり着いた熱を周辺の空気に伝える熱伝達率である。
熱伝導率は材質固有の物理量で、銅>アルミ>真鍮のような関係になっている。ただし、銅とアルミはそれぞれ純銅と純アルミでの比較で、実際は強度上の理由などで合金を使うことが多く、その場合熱伝導率は下がる。一方、熱伝達率は物性値ではないので、 ラジエータ形状と表面の温度、周囲の空気の温度と流速が同じであれば 、ラジエータの材質が銅だろうがアルミだろうが、同じ熱伝達率ということになる。
つまり、ラジエータの材料となる金属材料の性質としては熱伝導率だけを考えれば良いはずである。だが、それだけではなさそうなのである。
走行風がないときの水温上昇は、ラジエータの材質によって変わるのか?
「自己放熱性」について考える前に気になったのが、渋滞時の冷却水温がラジエータの材質を変更しただけで変わるのか?ということ。これが事実でないならば、自己放熱性なんて言葉も出てこなかっただろう。
これについては、ラジエータをとっかえひっかえした経験がない私にはなんとも言えないので、ネットで情報を集めてみた。どうやら、ラジエータ材質が変わることで渋滞時の水温に変化がみられる、そういう傾向はあるらしい。下記ブログ記事には、真鍮製のラジエータからアルミ製ラジエータに変更したことにより渋滞時の水温が上がりやすくなったとある。
この記事自体が「自己放熱性とは何か?」という問いになっているのが面白い。この考察自体は、真鍮とアルミとの熱伝達率に差があるのではないかという仮説であり、熱伝達率は物性値ではないことから多分この仮説は正しくない。
上記のブログ記事以外でも「風がない時の水温上昇の度合いはラジエータの材質に依存する」「渋滞時はアルミ製よりも銅製のラジエータの方が水温上昇が緩やかである」のようなことを述べている記事が複数見つかった。これらの記事それぞれの信憑性はどうなのか?という問いはあるのだろうが、とりあえずソースとなる情報が複数があったということから、渋滞時のような走行風がない状態での水温上昇の度合いはラジエータの材質に依存する、と考えることにした。そして、その説明としてよく使われる「自己放熱性」とは何かを考えてみようと思う。
自己放熱性とは
「自己放熱性」あるいはそれが示す現象は、おおよそ次のような特徴を持つようだ。
- 材質に依存する。
- 非接触な伝熱。少なくとも熱伝導による放熱ではない。
- 自分が熱いと、冷やそうとし、冷たいと暖まろうとする性質 がある。
「自己放熱性」とはラジエターの材質によって変化する何か、であるから物性量だと断定して間違いない。また、渋滞時の放熱性云々の話は、ラジエータに接触している車のボディに熱を逃しているという類のものでないことは明らかなので、2.も間違いないだろう。
3.の性質についてはいくつかの記事中に記述にあったものである。 例えば、自己放熱性についてこちらの記事には、下記の様な記述がある。
銅本来の性質として「自己放熱性」を持っており、自分が熱いと、冷やそうとし、冷たいと暖まろうとする性質を持っています。
ラヂエーターの受容性! http://www.yashiofactory.co.jp/i_love/radi_g/index.htm
上記の性質を考えてみると、「自己放熱性」というのは輻射(ふくしゃ、熱放射とも言う)による放熱性のことではないかと思う。なぜなら、上記1.~3.を程よく満たす伝熱の形態は輻射以外には考え難いからである。
伝熱には、熱伝導、熱伝達(対流)、輻射の3つがある。熱伝導は固体の中を熱が移動する、熱伝達は固体と流体間の熱の受け渡し、あるいは熱を受けた流体の動きによる熱の移動である。そして、輻射は熱を持つ物体が発する電磁波による熱の受け渡しである。これらの熱の伝わりやすさを表す量が熱伝導率、熱伝達率、輻射率である。このうち、 (「自己放熱性」の性質1.に合致する) 材料依存なのは、熱伝導率と輻射率である。
ラジエータは冷却水から受け取った熱を熱伝導でフィンに導き、フィンの熱を熱伝達によって空気に逃がすための仕掛けであるが、ラジエータを流れる空気が止まると熱伝達が止まり主な伝熱も止まる。ラジエータの材質が何であれこの理屈は変わらない。この条件下で、ラジエータの材質によって放熱に差がでる理由は主力である熱伝達とは別の伝熱形態によるものよ考えられる。そして、残る伝熱方式は熱伝導と輻射だが、(「自己放熱性」の性質2.に合致する)非接触な伝熱形態は輻射だけである。
3.は「 自分が熱いと、冷やそうとし、冷たいと暖まろうとする性質 がある。 」というもので、これだけだと少し熱の授受がわかりにくい。これは、「ある物質の温度が相対する物質の温度よりも高ければ熱を逃がそうとし(放射)、相対する物質の温度よりも低ければ熱を受け取ろうとする(吸収)性質がある」ということではないかと思う。
輻射による伝熱にもこのような性質があり、放射しやすい表面は吸収もしやすい。つまり、輻射率が高い物質は吸収率も高い。「自己放熱性」と輻射率に共通する性質である。
以上述べた通り、自己放熱性と言われているものの正体が輻射による放熱性であるという仮説はそれなりに筋は通るのだが、今度は数値を使った検討をしてみる。
まずは、銅とアルミでどのくらい輻射率が違うの?って話。
理想的な黒体輻射に対するある物質の輻射強度の比を輻射率という。アルミと銅あるいは真鍮では、輻射率に差があり、ピカピカの表面の時よりも酸化皮膜が形成された表面での差が顕著である。例えば酸化していないアルミ表面だと0.03(@100℃)だが、酸化皮膜面だと0.11(@199℃)と3倍くらい違う。更に、純アルミとアルミ合金でもかなり異なる、例えばアルミ合金(A3003)酸化皮膜面(酸化アルミ)だと0.40(@316℃)になる。それに対して銅は、磨いた表面で0.03(@38℃)で綺麗なアルミと大差ないが、対しザラザラした表面だと0.74(@38℃)、銅の酸化皮膜面(酸化銅)だと0.87(@38℃)とか0.83(@260℃)と倍以上、純アルミ比較だと7倍以上となる。真鍮はアルミよりは銅に近く、磨いた真鍮面で0.03(@247℃)、酸化皮膜面(酸化真鍮)だと0.61(@200℃)である。
銅とアルミだと、少なくとも2倍位、最大7倍くらい違うようだ。
次は、ラジエータからの輻射による放熱が水温上昇に差が出るほど大きいのか?ってこと。冷却水の温度が90℃として、ラジエータ温度も同じ90℃になっていると仮定したときの輻射熱のパワーを概算してみる。
ラジエータ面積を1[m^2]、ラジエータ表面温度を90[℃](=363[K])、ラジエータ周囲の雰囲気温度(というより輻射先雰囲気) 20[℃] = 293[K]、銅の輻射率を0.8 (ザラザラの表面と酸化膜の間くらい)として計算してみる。比較のためにアルミも合金(酸化皮膜で輻射率0.4)と純アルミ(酸化皮膜で輻射率0.11)とで計算してみる。
計算した結果は、銅の場合 445.3[W]、アルミ合金で222.6[W]、純アルミは61.2[W]となる。ただし、この計算ではラジエターを1枚の平板として、輻射はラジエータ前方のみ(後方はエンジンであり、輻射と吸収で熱量の収支はゼロと仮定)と計算しているので値としては過小、実際はこの倍くらいにはなるかもしれない。
一方、アイドリング時に発生する熱量のうち、エンジンそのものの温度上昇に使われる熱量は4.2kW程度である(2000ccNAエンジンを仮定)。先に計算したラジエータの輻射による放熱量と比較すると、銅ラジエータの場合で約10%、アルミ合金で5.3%、純アルミで1.5%程度寄与するということになる。エンジンの運転にはある程度の温度が必要であり、その温度維持のために必要な熱量や、エンジン自体や車のボディを通しての放熱があることを考慮すれば、ラジエータで放熱すべき熱量=エンジンで発生する熱量、ではなく、ラジエータの熱輻射による放熱の寄与度は更に高いと考えられる。
そう考えると、やはり渋滞時のような、走行風のない(かつ低出力)運転環境におけるラジエータの熱輻射による放熱はある程度の効果があり、その大小が冷却効果全体に影響を与えると言えそうである。そして、輻射率は材質に依存する量であり、それがラジエータの材質による渋滞時における放熱効果の差を説明するために使われていた「自己放熱性」という言葉が意味するものではないかと思う。
余談ながら、ラジエータの放熱性を高めるために放熱性塗料というものがあるが、これも輻射率の向上を狙ったもののようだ。
参考 ラジエータ放熱量及びアイドリング時に発生する熱量の計算
上記内容で用いたラジエータの放熱量とアイドリング時に発生する熱量は以下のようにして計算した。
輻射のエネルギーE(と表記されることが多いけどパワー=単位時間あたりのエネルギーですね)は、輻射面の面積をA、ラジエター表面温度をT、雰囲気温度をT0とすると
E = Aεσ(T^4 – T0^4) [W]
のように表すことができる。ここで、εとσは
ε:輻射率
σ:ボルツマン定数 = 5.67 x 10^-8 (W/m^2K^4)
ラジエータ表面は複雑な形をしており、単純に輻射面の面積=Aとするのは適当ではない。とはいえ、より適切な見積もりが出来るわけではないので、とりあえず輻射面の面積Aはラジエータの大きさ(この場合は1[m^2])として計算した。また、ラジエータは片面のみで輻射による放熱を行うものとする。これは、残りの片面はエンジンに面しているためで、ラジエータの放熱と吸収の収支がゼロと仮定する。
あとの数値は、それぞれの数値を代入して計算すれば先の結果が得られる。計算が面倒なときは、計算サイトがあるのでこちらで計算しても大体同じ値が得られる(どういうわけか少し異なる値になる、ボルツマン定数の丸め方だけでは説明できないので不思議)。
アイドリング時の発生熱量は、単位ガソリン量における発生熱量と、アイドリング時のガソリン消費量、そして排出される熱量から計算する。このとき、ガソリンは完全燃焼するものと仮定し、発生した熱エネルギは全て熱に変換されるものとする(アイドリング時は、エンジン回転が一定で、熱エネルギ以外のエネルギ収支がゼロと仮定できるため。)
ガソリンが持つエネルギーを E = 8.35(kWh/l) -> 単位変換 8.35 x 1000 x 3600 [Ws/l]
2000ccNAエンジンのアイドリング燃費(Nレンジ エアコンOFF) pn = 13[cc/min] -> 13/(60 x 1000)[l/s]
排気として出ていく熱量(排気ロス) 発生エネルギの35%
エンジンが1秒あたりに発生するエネルギ(=パワー) W = E x pn = 6513[W] -> 6.5[kW]
このうち、エンジンの温度上昇に使われるのは Wt = W(1-0.35) = 4233.5[W] -> 4.2[kW]
以上の計算だが、ラジエータの放熱量の計算はラジエータそのものが平板であると仮定して計算しているため、計算結果は実情よりも小さい値である。一方、アイドリング時におけるエンジンの発生熱量から、エンジン本体やボディからの放熱量を差し引いたものがラジエータで放熱すべき熱量なので、ラジエータが放熱すべき熱量はもっと小さな値となるはずである。排気ロスの割合は、エンジンの熱効率に関する計算でよく使われている数値を採用したが、熱効率の計算そのものが走行時のパラメータに基づいて計算されるため、今回の計算に必ずしも使えるものではないが、ざっくりとした計算の根拠としてはこれで十分と考えた。アイドリング時の排気ロスの割合はもう少し高くなると思われる。


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